ブドウへの愛、五年越しの決戦。(大袈裟で笑えてくる)
── 防水シートを張りながら、ぼくはいったい何をしているんだろうと思った。
今年も、芽が出た。



ウッドデッキの桟からにょきにょきと顔を出すその小さな緑を見つけたとき、ああまた始まったな、と思う。始まった、というのは季節のことでもあるし、ぼくの中の何かが再起動される感覚のことでもある。芽かきをしながら、余分な芽をひとつひとつ取り除いていく。これが要る、これはいらない。そんな判断を繰り返しながら、ぼくはたぶん、ブドウに育てられている。
振り返ると、2020年に苗を植えた。
そのときぼくは、五年後の自分がこんなにもブドウに人生を捧げているとは思っていなかった。苗を大切に育てるために、2023年の秋にはウッドデッキまで完成させた。本末転倒、という言葉が浮かんだけれど、でも違う。ブドウが主役で、ウッドデッキは舞台だ。人間のほうが、脇役なんだと思う。
2024年を経て、2025年こそはと思っていた。
立派に育った房が、たわわに実る光景を、何度想像したかわからない。ところが梅雨の時期に、黒とう病にやられた。収穫を、断念した。
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断念、という二文字は、書いてみると随分あっさりしているが、実際にはちっともあっさりしていなかった。五年間の積み重ねを前に、ぼくはただ、雨を見ていた。
だから今年は、やった。本当にやった。
4月6日(月曜日)、まずオンリーワン防除薬を散布した。そして本日、DIYに踏み切った。ウッドデッキの天井の桟から立ち上がるブドウの芽が伸びても大丈夫なように、桟からさらに50センチ上に支柱を継ぎ足し、その支柱と支柱の間に添え木を這わせて、防水シートをかぶせた。




路地栽培のブドウを、ハウス栽培のように守る。
自分でやったことながら、なかなか悪くない、と思った。いや、悪くないどころじゃない。これはもう、愛の構造物だ。雨よ、来るなら来い。という気持ちと、頼むから来ないでくれ。という気持ちが、防水シートの下で複雑に交差している。
ただ、正直に言えば、不安がないわけではない。
今後の気候変動、ゲリラ豪雨、ハリケーン並みの台風。そういったものに、このDIYが耐えられるかどうかは、やってみないとわからない。人生のほとんどのことがそうであるように、やってみないとわからない。
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でも、やれることは全部やった。今年の自分に言えるのは、それだけだ。
芽が、伸びている。
今日の振り返り
去年の悔しさを知っているのかどうか、ブドウには聞いても答えてもらえない。ただ、ぐんぐんと、上へ上へと伸びていく。ぼくが張った防水シートの下で、ちゃんと育っていく。
今年のこれからが、楽しみでならない。
本当に、楽しみでならないのだ。
