遂に尼崎発信の観光キャラブロックメモができました。
尼崎の魅力をコンテンツとして発信するツールとして実用的なミシン目の入った7分割できるブロックメモができました。
クリーニングタグを活用してできたブロックメモです。好きなサイズでミシン目で切れます。ジャバラ折りにしてポケットに入れてもクシャクシャになりません。TO DO LIST として活用すればその日にやらなければならないことや忘れ物がなくなります。やることが済めば千切って捨てれます。その時のビリっと破った感じが、その日の達成感を増してくれます。
今日ご紹介するのは、左から4つ目のキャラクター「こもだる」です。
そうです、こんな光景でよく見ます。お祝い事がある時に鏡開きと称して大きな樽を木槌で叩いて中に入ったお酒を振る舞いますよね。あの化粧樽がこもだるです。
名産品として全国のこもだるは、ほぼ尼崎で作られています。なぜその様になったのかの歴史をさかのぼります。
以下は、尼崎でこもだるを生産する株式会社 岸本吉ニ商店さんからの解説です。
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こもだるの歴史
江戸時代、上方(大坂や京都を始めとする畿内)から、江戸に酒を運搬していました。特に灘・伊丹・伏見の酒は下り酒として、評判が良かったそうです。
はじめは、二斗樽(36リットル樽)を馬の背に振り分けて陸路運送や、菱垣廻船にて他の商品と一緒に海上運送されていました。しかし、運送時間の短い酒荷運送専門の樽廻船の登場により、海上輸送が主流となります。この頃には、樽のサイズも大きくなり、四斗樽(72リットルサイズ)となりました。
樽が大きくなり困るのが、酒樽の破損です。破損を防ぐ目的で、酒樽に菰(こも)を巻き付けたのが、菰樽(菰冠樽:こもかぶりたる)の始まりといわれています。
お酒の文化
●「澄み酒」の出現と「伊丹諸白」が人気
麹掛け米、両方に精白米を惜しみなく使った伊丹のお酒は「伊丹諸白」として「下り酒」として江戸に大変な人気を博しました。
●六甲山の恵みと丹波杜氏が生んだ「灘の生一本」
日本酒生産の1/4シェアを占める「灘五郷」(西宮の今津郷・西宮郷、神戸魚崎郷・御影郷・西郷)は灘の生一本と言わる。六甲山系から得られた宮水には多くのリンやカルシウムなどのミネラルは、麹菌や酵母の栄養となり酒造りに適していた。
●下り酒と樽廻船
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下り酒を江戸に届けたのは、樽廻船です。海岸線より船積みし江戸へと人気の酒を運んだ。その運ぶ手段として船倉に積んだ樽が荒波で壊れたりしないように菰で包むこもだるが開発されました。
このように江戸時代より美味しいお酒を船で安全に届けられるようにこもだるが開発されました。そして、この評判のお酒が他のお酒と間違えられないように樽に装飾が施されたものが今に至る。
現代のこもだるはといえば
もちろん、こもだるは現在もお酒には欠かせない道具です。
そのこもだるが、トラディッショナルなお酒を入れる道具から現在では、いろいろなグッズとして形を変えてコラボしています。
小さなこもだるのミニ鏡開きセットは、テーブルの上で縁起の良いスタイルとしてミニ体験ができる小物入れになっていたり「こもらぼ」と称して可愛らしいオリジナルこもだるに手ぬぐいが入ったものまで日本の文化を伝えるグッズとして今も進化しています。
今日のまいどあり⤴️
「こもだる」といえば昔からお祝い事のお酒の入った樽ということぐらいしか頭に浮かばなかったのですが、インバウンドとして海外からのお客様の人気でカジュアルな商品まで新たな可能性に挑戦されています。
我々も同じメイドイン尼崎としてさらに可能性に挑戦していきます。