日付: 2026年9月18日(金)
天気: 快晴(夏の名残の入道雲と、秋の高い空が同居する一日)
行程: ハイランドエクスプレスで松本へ → 居酒屋で再会 → 松本市美術館(草間彌生) → 四柱神社 → 国宝・松本城
一、十年という歳月

十年ぶりに友達に会いに行った。
「十年」と口にすると、たいした長さには聞こえない。ところが指を折って数えてみると、その間に世の中は疫病も経験したし、私の髪はすっかり銀色になった。十年というのは、人ひとりの顔つきを変えるのに十分な時間なのである。
停車場の片隅で、アルピコ交通のハイランドエクスプレスが待っていた。白い車体に紫、桃、橙、緑、赤の帯が斜めに走っている。隣には大阪シティバスの水色の車体が並んでいて、あちらは近場、こちらは遠くへ行く。夏雲の残る空の下で、運転手さんが静かに乗車を迎えてくれた。
バスの旅はいい。新幹線のように急かされず、飛行機のように雲の上へ逃げもしない。今回は、ネットフリックスで録画したドラマを見ながら退屈なバスの中を過ごした。そして、窓の外の景色が少しずつ山の色に変わっていくのを、時々眺めながら運ばれていく。
二、水玉の魂のおきどころ
バスターミナルについてまず松本市美術館へ足を伸ばした。
建物の壁面には、真っ赤な水玉が空に向かって散らばっている。入口脇では、青地に黄色い水玉をまとった犬が、こちらを睨むような愛嬌のある顔で立っていた。草間彌生。松本の生んだ世界的な芸術家である。
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コレクション展示室の壁には「魂のおきどころ」とあった。草間さんの言葉であろうか、これは妙に胸に残った。魂のおきどころ。自分はどこに魂を置いて生きてきたのだろうかと、見上げて思った。
展示室に入ると、黄色い壁一面に黒い水玉が咲いていた。その真ん中に、巨大な南瓜が鎮座している。艶やかな黄色の肌に、黒い点が無数に連なって、見ているうちに自分の輪郭が溶けていくような心地がした。思わず隣に立って自撮りをしてみたが、六十余年を生きた男の顔と水玉の南瓜は、存外よく似合っていた(と、思いたい)。
三、赤提灯の下で
夜は居酒屋と決まっていた。友との再会に、気の利いた喫茶店は似合わない。




店内には青と赤の提灯が賑やかに並び、壁には昭和の看板が貼りついている。白煙と湯気で、天井の電球がぼうっと霞んで見えた。威勢のいい若い店員さんが、黒いTシャツで狭い通路を行き来している。
10年の歳月でお互いに、変わっていないはずがない。けれども顔を見た瞬間に、十年の空白が、ふっと砂時計のくびれを抜けるように落ちてしまった。不思議なことに、友達というものは、会わなかった年月を勘定に入れないのである。
運ばれてきたのは、鉄の小さなフライパンで湯気を立てる、牛肉と野菜の熱々の一皿だった。脇には薄切りのバゲットが添えてある。肉のうまさもさることながら、近況報告の肴としてこれ以上のものはなかった。体のこと、暮らしのこと、これからのこと。笑って話しながら、ふと黙る瞬間があった。その沈黙が少しも気詰まりでなかったことを、私はいちばんありがたく思っている。
四、国宝の黒い城
次の日、四柱神社で旅の無事をお祈りしてから、松本城へ向かった。参道の石畳に木漏れ日が揺れ、背後にはビルと鉄塔がそびえている。古いものと新しいものが何の遠慮もなく隣り合っているのが、日本の町の可笑しくも愛すべきところである。
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お堀の向こうに現れた天守は、黒い。漆黒の壁に白い漆喰の線が走り、五層の屋根が重なり合って、水面にもう一つの城を映していた。ちょうど一角に白い養生シートが掛かっていて、修理の真っ最中であった。しかし私は、あれはあれでいいと思う。城もまた、年を取れば手当てを受けて、次の百年に備えるのである。人間もそうありたいものだ。
朱塗りの橋が、黒と緑の中にぽつんと赤い。その向こうに、遠く山並みが霞んでいた。お堀の端で、城を背に写真を撮った。いい顔をしていたと思う。
今日の振り返り
十年会わなくても友達は友達であり、会えば一瞬で元の場所に戻れる。それは、水玉の魂のおきどころと同じで、人の心にも、置いておける場所があるということなのかもしれない。
次は十年後、などと言わず、もう少し早く会いに行こうと思う。
また来年、夏には常念岳と燕の縦走することを約束して別れた。
