ジョーのある町 尼崎は城下町

2019年3月29日尼崎に城が再建されました
なんと約400年ぶりのコトだそうです

阪神尼崎駅の南側すぐのところにお城ができました

尼崎城の歴史

大坂夏の陣後、江戸幕府は大坂を直轄地として
西国支配の拠点とするため、元和3年(1617)、
譜代大名戸田氏鉄に尼崎城を築城させ、
大坂の西の守りとしました。

初代城主は戸田氏鉄で、安土桃山時代から
江戸時代前期にかけての武将で徳川氏の家臣

尼崎城は、翌元和4年(1618)から
現在の北城内 ・ 南城内の約300 メートル四方に、
甲子園球場の約3.5 倍にも相当する、
3重の堀、4層の天守を持つ広大な城として
数年の歳月をかけて築造されました。

幕府は一国一城令により各地の城郭を
破却する政策を推し進める一方で、
尼崎には 5 万石の大名の居城としては
大きすぎる城をあえて造らせたことなどから、
幕府がいかに尼崎を重要視していたかが
うかがわれます。

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しかし、江戸時代が終わり明治時代になると、
尼崎城はその役割を終え、
明治6年(1873)に廃城が決まった後、
城の建物は取り壊され、
堀も次第に埋められていったために、
全くその面影を残していません
(尼崎市公式ホームページより)

随分と立派な城が再建されました
実は、兵庫県下で天守閣がある城は
姫路城と尼崎城の2つだけでだったそうです

かつて尼崎城下町は、裕福であった

阪神出屋敷駅の東側から大物駅西側の
広大な敷地が城下町で尼崎藩領土としては
須磨のあたりまであり酒蔵も多く築地には
漁師が住み大正時代まで魚市場が存在し
菜種や面などの商品作物の産地として
避け得ていたそうです

町おこしとしてジョーのある町

近松門左衛門ゆかりの地 ジョー緒
尼崎えびす神社 旅ジョー
BOAT RACE尼崎 ジョー熱
だんじりまつり 人ジョー
グルメ 愛ジョー
工場夜景 ジョー景
尼崎城にかけてジョーのある町だそうです

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マッキー

人生 山あり 谷あり 毎度あり!

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 マインドトークならぬ「まいどトーク」(^_−)−☆
 脳を肯定的にシフト 自分の機嫌は、自分で取り
 日々の健全度をUPする

株式会社共生社 代表取締役
1970年創業 クリーニング業界のサポーターとして
クリーニング洗浄時の識別タグラベルの製造・販売
クリーニング受付POSシステム製造・販売・
サポートを国内外で行う

ホッチキスレスによるクリーニングタグの脱着ができる
スマートエコタグの開発・販売
また同様にクリーニングタグに通すだけで使える
同様のタグを開発販売を行う

2014年よりクリーニング・タグに使われる
洗浄できるタフな紙「耐洗紙」を文房具に転用した
「TAGGED(タグド)」MEMOなどを展開中で
新ジャンルへのチャレンジを試みている

●生年月日:1958年11月19日
●誕生地:大阪 ●育ち:神戸
●趣味:トレッキング・ゴルフ・バイク
 

(発言は個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。)